オカザキ クニヒコ
  岡﨑 邦彦   東洋研究所 東洋研究所   教授
■ 標題
  1937年西北善後処理問題(下)-「2・2事件」と三位一体の瓦解-
■ 概要
  1936年12月、西安事変の平和的解決により蔣介石が釈放され、張学良とともに南京へ帰った。しかし西安では依然として東北軍、楊虎城の17路軍、さらに紅軍が占領していた。その三軍の移動を求めた蔣介石南京政府と西安側の軍事対立が起こり、西安側は張学良の釈放、三軍の駐留、中央軍の撤兵などを求めたが、交渉は難航した。2月2日、西安側の和平解決を主張する王以哲らが対南京強硬派の東北軍少壮派の将校によって殺害され、東北軍は分裂し、ついに西安側三軍は瓦解したのである。この間の中共周恩来と延安中共中央の対応について論じた。
  単著   『東洋研究』182号   大東文化大学東洋研究所   (71)頁   2011/12


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