コバヤシ ハルキ
  小林 春樹   東洋研究所 東洋研究所   教授
■ 標題
  古代中国の気象観・気候観の変遷と特色
■ 概要
  『大戴礼記』「夏小正」や『礼記』「月令」によっても知られるように、古代中国の暦学・暦法は、気象・気候と密接な関係を有していた。当該時代の暦学・暦法史研究にとって同時代の気象・気候学史研究が要請される所以である。小稿では、『呂氏春秋』から『後漢書』にいたるまでの諸文献にみえる気象観・気候観を通時的にたどることによって、その時代的変遷の実態と、その底を通奏低音のように流れる基本的特色とついて考察した結果以下のような理解を得た。1.『呂氏春秋』では、「陰陽争」という概念に端的に現れているように、「相克的陰陽思想」もしくは「革命論的陰陽思想」を基礎とした気象観・気候観が展開されている。2.『淮南子』の気象観・気候観は陰陽の循環を自然の道理とみなす「道家」的な思惟を基礎として構築されたものであった。3.『史記』と『漢書』では陰陽思想に天人相関思想を加えてそれらに基礎をおいた結果、政治的動向の理解を目的とした占候的気象観・気候観が主流を占めるにいたった。4.『春秋繁露』の気象観・気候観も伝統的思想である陰陽思想にもとづくものであったが、「地」すなわち「陰」を重視するという独自性を有する点にあらたな思潮が見いだされる。5.『西京雑記』の「董仲舒天象」にみえる気象観・気候観も、循環論的もしくは道家的陰陽思想や天人相関思想など、従来の思想に基礎をおくものであったが、「上暖下寒」説というあらたな気候観を前提として、風、雨、雲、霧、雷電、雪、霰、雹などの生成メカニズムの理解に対して新機軸を提示しており注目に値する。6.『論衡』では陰陽説に依らない気象観・気候観が主張されている。このこと自体、古代中国という時代的制限を越えて「合理的な」気象論・気候論の出現として刮目される。たとえば、春夏の気温の差を、陰陽の循環ではなく、太陽高度の差とそれによって昼夜の時間の差とによって説明していること、降水のメカニズムを、地上や海上からおきる大気の循環によって解釈していることなどは、現代の天文学、気象学、気候学的見地からも十分に合理性を認めうるものである。7.『後漢書』の気象観・気候観には、すでに魏晋の時代思潮の萌芽がみられる。その「方術伝」にしるされた方術家、任文公の逸話は「ノアの箱船」そのままのような内容であって史実としては信用できないが、それが、史径小説の隆盛に象徴される魏晋南北朝の時代思潮と、そのなかで形成された気象観・気候観の特色を示唆する蓋然性の高さにおいて注意される。8.以上概観したさまざまな気象観・気候観において、ほぼ普遍的に見いだされ、かつ重要な役割を演じていたのは陰陽思想であった。中国古代の気象観・気候観においては、基本的思惟の理論として陰陽二気、とくにその運動というメカニズムを抜きにして語られなかったのである。なお、中国古代の気象観・気候観において陰陽思想がかくも有効に機能し得た理由として、そもそも気象や気候というものが天文現象よりもはるかにシンプルであり、陰陽二元論でも十分に説明が可能であったためであると推測された。
  単著   「東洋研究」143号(レフェリー制)(178頁/60頁~91頁)   大東文化大学東洋研究所刊行      2002/01


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